【文化探求】川開き

小唄 『上汐』『涼み船』、端唄『縁かいな』、舞踊『風流船揃』、そして数えきれない程の浮世絵。様々な作品の源泉となった両国の夏の風物詩、川開き。

この行事が具体的にはどのようなものだったのかまとめてみました。

川開きとは

川開きとは陰暦の5月28日より3か月間の納涼期間(=夕涼み)の初日のことを指します。

・概要 屋形船が繰り出される、花火が揚がる
・期間 陰暦の5月28日より3か月間(※夕涼みの期間)
・開催場所 両国橋周辺

*書籍によって少しずつ表現が異なっていましたが基本的には下図のような解釈となっているようです。
東京富士美術館より

人があまりにも多いので、「浮世絵だからって誇張しすぎなのでは?」と最初は思いましたが、川開きを描いた浮世絵の多くはこのように人が密集しております。

この賑わいもあながちフィクションではないのかもしれませんね。

起源

川開きの起源は八代目将軍徳川吉宗が主宰したイベントでした。

1732年(享保17年) 、大飢饉とコレラの流行で多くの死者が出るという大変な出来事がありました。その犠牲者に対する慰霊と悪霊退散を祈願し、翌年の1732年(享保17年)花火を上げたことが川開きの起源となったのです。

活気溢れる船の数々

川開きの船と言えば代表的なものがうろうろ舟となります。うろうろ船とは屋形船等の乗船客を主なターゲットにした物売りの船のことです。「ものを売ろう売ろうとする船」と「うろうろしている船」の両方の意味を持ちます。

下の絵の左側には納涼船の乗船客に料理を売るうろうろ船が描かれています。
一方右側には木太刀を持っている人々がいます。実はこの人たちは現在の神奈川県伊勢原市まで大山詣に出かけるために身を清めています。納涼期間にはこんな光景も見られたようです。

国立博物館所蔵品統合検索システムより

しかし食べ物を売る舟だけでなく、写し絵や新内等の芸を売る船、中には有料のトイレの船もあったそうです。当時は長屋の厠を誰でも使っていいルールだったのですが、船上の宴に酔いしれていたら急に尿意が…なんてときに重宝されていたのかもしれませんね。とてもユニークな商材で関心しました。

小唄『上汐』ではそんなうろうろ舟の様子が鮮やかに描かれています。

玉屋と鍵屋

川開きの中でも大いに盛り上がるのはなんといっても打ち上げ花火です。海外から伝来した火薬を武器として使った武士に対して、夜空を彩る手段として大いに発展させたのは玉屋と鍵屋でした。

元々夕涼みの打ち上げ花火を担当していたのは鍵屋でした。七代目鍵屋弥兵衛の代のとき、清七という腕のいい職人が現れたため彼を独立させ玉屋一朗兵衛と名乗らせました。玉屋の誕生です。

それからは両国橋より上流は玉屋、下流は鍵屋が打ち上げ花火を担当していました。

しかし玉屋、鍵屋が共存した時代は30年程度だったと言われています。1843年(天保14年) 玉屋は出火の罪に問われ江戸所払いを命じられたため絶家してしまいます。鍵屋は現在でもその屋号を残しており、花火の伝統を守り続けています。

上がる流星、星下り

縁かいな』の中にある一節です。これは一発ずつ細く上がって長く垂れ下る、江戸時代の花火「流星」をうまく取り入れた描写です。

国立国会図書館デジタルコレクションより

川開きの際に一晩で打ち上げられる数は20発程度です。火薬の詰め替えに時間がかかっていたため1発上げるために30~40分かかっていたようです。

またスポンサーさえつけば夕涼みの期間中は何度でも花火をあげていました。

川開きとコロナ禍

度重なった厄災の鎮魂のイベントが夏の風物詩となり、両国を賑わせた川開き。大勢で楽しむその様は、さながら大規模夏フェスのようなイベントとも言えるかもしれません。さらに当時鎖国をしていた日本にとって初回川開き主催者である将軍は世界のトップのように見えていたのではないでしょうか。そんな人が始めたイベントに江戸っ子はきっと胸を躍らせたのでしょう。

コロナ禍という世界的な厄災の渦中にある今、同じような災いが過ぎ去った後に行った初回川開きの嬉しさを容易に想像できます。先が見えない現状ではありますが、この厄災が終わった暁には川開きのように大勢の人が楽しめるようなイベントがあったらいいなと思います。

そして川開きは名称や打ち上げ場所が変わったり、幾度かの中断を挟みながらも現代では『隅田川の花火大会』として続いています。これは「時代に適応する努力を怠らなければ人々の心を潤すものを残すことができる」という動かぬ証拠です。この事実がコロナ禍の中で努力する人々の希望になることを願います。

参考文献

・江戸切絵図 今昔散歩道
・NHK浮世絵EDO-LIFE 浮世絵で読み解く江戸の暮らし
・浮世絵と写真で歩く 江戸東京散歩
・原色再現 江戸名所図会 よみがえる八百八町
・小唄鑑賞 増補版
・スーパービジュアル江戸300年の暮らし大全
・歴史REAL 図解 大江戸八百八町

コメント