老舗楽器糸メーカー 丸三ハシモト株式会社にお邪魔しました。創業はなんと1908年。滋賀県木之本に本社を構える丸三ハシモトは、三味線など和楽器を中心とした楽器の糸(=弦)を制作する会社です。
先代が丸三ハシモトの寿糸を愛用していたため、私も何も考えず同じ糸を使用していました。ところが「他のメーカーだったらどんな違いがあるのだろう。」と思い、他のメーカーの糸も試すようになりました。
一通り試した結果、寿糸には強度と華やかな音質があることに気付き、また寿糸を愛用するようになりました。
丸三ハシモトの糸はどのように作られているのでしょうか。今回、代表取締役の橋本英宗様にお話をお伺いできましたので、そのお話を基に記事を書かせていただきます。
絹糸の製造工程
三味線の絹糸は以下の工程を経て製造されます。(丸三ハシモトで行うのは④以降の工程です。)
① 春繭の確保 三味線糸に適している春のお蚕さんを確保します。 ② 糸取り作業 手作業でお蚕さんから糸を取ります。 ③ 生びき生糸の製造 生糸を製造します。 ④ 繰糸 機械で小さな枠に糸を巻き上げ、5本の生糸を1本に巻き取ります。 ⑤ 目方合わせ ④でできた糸の束をさらに合わせて計量します。 ⑥ 独楽撚りもしくは機械撚り 糸を撚って強度を出します。 ⑦ 染色、糊炊き ウコンで黄色に染色し、もち糊で煮込みます。 ⑧ 糸張り 糸を張って自然乾燥させます。 ⑨ 節取り 糸に残った節を和バサミで切ります。 ⑩ 糊引き 糊でコーティングします。 ⑪ 乾燥 再度糸を乾燥させます。 ⑫ 裁断 規定の長さに糸を断ちます。 ⑬ 糸巻 出荷できるように糸を巻きます。
ここからはポイントとなる工程を解説していきます。
春繭と座繰り糸
三味線糸の原材料は春から梅雨明けまでにとれる春繭が最適です。この春繭から座繰りという工法で糸を取り出します。繭を煮る釜の前に人が座り、手で繭から糸を取り出すのです。大変な工法ですが、座繰りをすることによって絹が持つ天然成分セリシンを糸に多く残せます。このセリシンが多い三味線糸のほうが良い音がするとされています。
古くより養蚕が盛んな木之本だからこそ良質な原材料を得られるのです。
目方合わせ
お蚕さんの糸は天然のものなので、1本1本の太さが綺麗に揃っていません。1本の糸の中にも太い部分があったり、細い部分があったりするため、三味線糸の規格を決めるときは重さで決めています。その規格を決める工程が目方合わせです。昔ながらの匁秤を使用します。
独楽撚り
独楽撚りは丸三ハシモトが有する独自製法です。これは三の糸を製造するときに行われる工程です。両手に板を持ち、独楽を回転させることによって糸を撚る作業です。板も独楽も手作りなのだそうです。
小六月追記メモ~螺鈿紫檀五弦琵琶の複製~
螺鈿紫檀五弦琵琶の複製を制作する際、糸を制作したのが丸三ハシモトでした。美智子様が育てたお蚕さんから糸を取り、全て独楽撚りの工程を経て制作したそうです。
染色、糊炊き
ウコンで黄色に染色します。ウコンには防虫効果があるため染色すると考えられてきましたが、近年別の説も上がっています。
それはかつては繭自体が黄色かったため染めなくても黄色い糸ができていた時期があったという説です。しかしいつまで繭が黄色かったかはよくわかっていません。江戸時代には既に白い繭が存在していた、江戸時代以前はクワゴという違う品種のお蚕さんを使用していたため繭が黄色かった、明治時代以降の品種改良の影響で繭が白くなった、など諸説あります。
この説では繭が白くなる前の伝統的な色である黄色に染めるため着色していると考えられています。以前はくちなしの実で染色していましたが、現在はウコンを使用しています。
染色後、この木に糸をつけて丸ごと糊で炊くため木も黄色くなります。
糊も手作りです。冬になると伸し餅を作ってそこから糊を制作するそうです。糊炊きと糊引きの工程で使用されます。
節取り
乾燥させた糸をそのままの状態で点検し、節を取る作業です。糸の後ろに黒い紙を当てて細かい節もチェックします。
小六月追記メモ~集中線(物理)~
糸張り、糊引き、節取り、乾燥の工程で糸は室内に張り巡らされます。その間の様子が漫画の集中線みたいだとX(旧 Twitter)で話題になりました。
躍進する丸三ハシモト
義太夫や文楽用三味線の糸を制作する会社に丁稚奉公されていた初代社長が滋賀県木之本町にて創業した丸三ハシモト。伝統的な絹糸制作の工程を守りつつ、化学繊維の糸など新たな挑戦もしてきました。
さらに中国、韓国楽器の糸制作などその活躍の場は世界に広がっています。
小六月追記メモ~中国・韓国楽器の糸事情~
中国楽器は以前は絹糸が主流でしたが、現在は鉄製の糸が一般的になっています。そこに再度絹糸の使用を提唱したのが丸三ハシモトでした。「懐かしい。」「古曲にあう。」と現地の愛好家から好評を得ることができたそうです。
一方韓国楽器の糸はA社の楽器はA社と提携する糸メーカーのものしか使用できない仕組みになっているそうです。さらに絹糸は2本で1万円程度する高価なものなのだそうです。現在、丸三ハシモトは韓国のとある楽器メーカーから声をかけられ、糸を制作しています。
新製品 寿糸極上響明(追記 2024.09.03)
2025年1月、丸三ハシモトから新しい三味線糸が発売されます。
耐久性と華やかな音色を併せ持つロングシェアの三味線糸「寿糸極上」。
新製品は原料となるお蚕さんを新品種「響明」に絞り、耐久性3割増しとなった「寿糸極上響明」です。
丸三ハシモトと農研機構の共同での取り組みなのだそうです。
新しいものを作るのはとても大変なこととお察し申し上げます。
きっと多くの苦難を乗り越えての新製品発売決定なのだと思います。
本当におめでとうございます。
来年、新しい糸を使えることを楽しみにしております!
まとめ
古くから養蚕が盛んな町木之本にて糸を制作し、演奏家を陰で支えてきた丸三ハシモト。実際にお伺いし、お話を聞くことで、全国の和楽器演奏家のために糸を制作されていることの大変さとありがたさを実感しました。
大切に作られた糸でより素敵な音を出せるよう、日々鍛錬していきたいです。
お忙しいところ取材に応じてくださった橋本英宗様、快くお迎えくださった社員の皆様、本当にありがとうございました。
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