小唄 上汐 (歌詞は小六派の譜面より引用。詳細は本文参照。)
作曲:清海太夫(推測)
上汐に つれて繰り出す数々の 船は面舵 取舵よ 向う鉢巻き 片肌脱いで 勢いを競う 江戸っ子が 月と花火に 浮かれつつ 急いで漕ぎ出す 川開き 西瓜に真桑瓜はようがすかな 玉子や玉子 豆や枝豆 東西 写し絵の儀は手許を離れ 灯り先の芸当にござりますれば お目まだるしき所は 幾重にも御容赦のほど こい願いあげ奉ります 従いまして ここもと御覧にいれますのは 江戸三景の内 両国は川開きのていとござい チョイトきなせ 押すな押すな 邪魔だ邪魔だ そら上がった玉屋と ほめてやろうじゃないかいな
両国の夏の風物詩、両国の川開きの風景を唄った賑やかな小唄です。
明治時代の清元 清海太夫と言われております。
書物で見る上汐人気
風光明媚な唄のためか、昭和に出版された4冊の本及び出版年度不明の1冊の本からこの唄の記述を確認することができました。昭和の小唄ブーム中、きっとたくさん唄われていたのですね。そして様々な人によって演奏される中で中で少しずつ歌詞が変わってきたのでしょうか、参考文献すべてで歌詞に少しずづ差異が発生していました。詳細は以下のリンクでご覧ください。(*は読めなかった変体かなです。)
また小唄火星会の土屋健先生の随筆には、この唄をうまく唄える芸妓さんがいたのだという記述があります。さらに邦楽の友(令和三年三・四月合併号)にて陽気なケレン物の唄として紹介されました。この唄の人気は現在も衰えていないようです。
川開きとは
両国の夏の風物詩です。別の記事に詳しくまとめましたので、そちらをご参照ください。
小唄 上汐のポイント
複数の本でこの曲の要として取り上げられている点は川開きの様子を鮮やかに映し出した台詞調の部分です。作者直々の解説がないためか、昭和期の本や雑誌には織り込まれた台詞を自分はどのように解釈し、どう唄いあげるべきかを主張した文が見受けられます。
該当する台詞調の部分を順に見ていきましょう。
うろうろ舟の商売人
<該当部分> 西瓜に真桑瓜はようがすかな 玉子や玉子 豆や枝豆 東西 写し絵の儀は手許を離れ 灯り先の芸当にござりますれば お目まだるしき所は 幾重にも御容赦のほど こい願いあげ奉ります 従いまして ここもと御覧にいれますのは 江戸三景の内 両国は川開きのていとござい チョイトきなせ
*うろうろ船、写し絵の概要は以下の記事をご参照ください。
この部分には食べ物を売る人が三人、写し絵芸人が一人出てきます。
食べ物売りが売るのは夏の風物詩である西瓜と甜瓜、そして現代でもお酒のお供になる枝豆。玉子は様々な調理方法がありますが、ここではゆで卵のことを指します。どれも複雑な調理は行わず素材の良さで勝負するシンプルな食べ物です。
この部分でいかに川開きの賑やかさを演出し、雄弁に写し絵芸人の口上を語るかがこの曲第一の鬼門と言えます。
木村菊太郎先生の名著、『小唄鑑賞』の引用欄でこの部分に関して興味深い記述を見つけました。
『上げ汐』の生命は男女の物売りの描写にある(中略)
『邦楽之友』9号 永井ひろ・瓢千雅・如月鼎談
一例として『玉子や玉子』は中年男、『豆や枝豆』を年増女、『東西〱』を若い大道芸人、
といった風に唄い分けると面白い。
これは一例として挙げられているものなので、この例を参考に唄い手さんが思い描いた物売りや芸人を再現してみるのも素敵ですね。
打ち上げ花火を楽しむ人々
<該当部分> 押すな押すな 邪魔だ邪魔だ そら上がった玉屋と ほめてやろうじゃないかいな
第一の鬼門終了後、にぎやかな三味線の伴奏を挟んだ直後にやってくる第二の鬼門です。
川開きでの打ち上げ花火は両国橋より川上が玉屋、川下が鍵屋と打ち上げる場所が決まっておりました。「玉屋」と褒めているということは両国橋より川上の空を見上げていることになります。
*川開きの打ち上げ花火の詳細は以下の記事をご参照ください。
川開きの会場から花火を見る方法としては、うろうろ船の上から見る方法と両国橋等の陸から見る方法があります。
「押すな押すな」「邪魔だ邪魔だ」という詞からわかるように、現場が混雑していて激しく人が動いているような様子があることから、陸から見ていると考えることが自然かと思われます。
上の資料のように、川開きの会場全体の様子を描いた浮世絵はどれも人が多いのが特徴です。
絵であるため誇張している部分がないとは言い切れませんが、仮に誇張であったとしても当時の江戸っ子が川開きを楽しみにしていなければこのような浮世絵は描かれなかったでしょう。
時代を超える粋
鎮魂の行事として始まった川開きが人々の楽しみとなり、さらにそれが小唄という形に変化した結果、上汐は様々な小唄集に掲載される人気作となりました。
唄い手さんが思い描く川開きの風情を三弦の音にのせて唄いあげる。それはきっと時代を超えて受け継がれてきた粋を未来へ受け渡すことなのかもしれません。
参考文献
・浮世絵と写真で歩く 江戸東京散歩(株式会社 KADOKAWA)
・江戸切絵図 今昔散歩道(株式会社 新人物往来社)
・春日小唄集(財団法人 春日会)
・原色再現 江戸名所図会 よみがえる八百八町(株式会社 新人物往来社)
・小唄鑑賞 増補版(演劇出版社)
・小唄集(詳細不明)
・随筆 小唄おぼえ書き(金澤書店)
・ブリタニカ小項目電子辞書版
・邦楽の友(令和三年 三・四月合併号)
・明鏡国語辞典 第二版
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